フィリピンでみた忘れられない2つの夢(二)

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ブログ「あさひエトセトラ」

フィリピンでみた忘れられない2つの夢(二)

2020/03/14

マニラ赴任4年の帰国直前、フィリピン北部のリゾート地バギオに妻と旅行に行きました。第一の目的は、当時有名だったバギオの心霊手術の真偽を確かめることでした。マカティのホテルにはよく日本からチャーター便で「バギオ心霊ツアー」のお客様が宿泊していました。一度この目で確かめたいと思っていましたので、いいチャンスでした。バギオのタクシーの運転手にバギオで一番信頼できる術者のところに連れて行ってほしいと頼みました。着いたところは普通の民家で、40歳ぐらいの男性術者でした。私は小さい頃から食事をすると、必ず左の横腹がキリで回されるようにキリキリと痛む持病をもっていました。それを治してくださいと頼みました。妻には、手先の動きとか道具の使い方をよく観察していてほしいと伝えました。先方は奥さんが出てきて助手を務めます。いよいよ始まりました。横腹がグーと押され、指がお腹の中に入るのが感じられます。もぞもぞうごくのも感じられます。痛みは全くありません。ものも3分ぐらいして終了しました。お腹のあたりには血が流れています。奥さんがそれをふき取り、銀皿に取り出した臓物を見せてくれました。ドクターはそれが長年の痛みを原因で、取ったからもう痛みはないと断言しました。よく見れば、まるで一つのタラコみたいで、とてもくさい臭いがしました。今でもあれはタラコだったと思っています。何故なら、タラコサイズの臓物を取ってしまったら、また別の症状が出るはずだからです。妻に聞いたら、確かにお腹からあれを取り出したといいます。器具は一切使いませんでした。その時お腹に裂けめを作った痕が、その後15年ほどかかり次第に消えていきました。痛みはありませんが、ときどきかゆくなることがありました。そして、その時を機に、あれだけ私を長年苦しめたお腹の痛みが消えてしまいました。これは事実です。

 

さて、よの夜パインズホテルといったと思いますが、そこに泊まりました。ツインの部屋で、妻も一緒です。11時頃に寝ました。しばらくすると、夢の中に一人の日本兵が出てきました。「今日は日本から、ハーモニカの吹ける方に来ていただきました。みなさん、こころゆくまで聴いてください」というと、後ろからざわめきが起こり、そちらを見ると、なんと、見渡す限り日本兵がいるではありませんか。何千人です。バギオは日本軍と米軍との激戦地として知られています。日本兵の着ている服はボロボロで、顔は汚く疲れた様子ですが、ハーモニカが聴けるというので目は輝いていました。私は小学生の頃からハーモニカを練習していて、素人ですがベースを入れたり、オクターブ奏法なども使えました。司会の日本兵にいわれるままにハーモニカを取り出して、リクエストを聞きました。すると、「月の砂漠」です。一所懸命吹きました。終わって次はと聞けば、「埴生の宿」です。会場はしーんとしています。吹き終わるとすごい拍手です。次はと聞けば「月の砂漠」です。終わりました、次はと聞けばまた「埴生の宿」。この繰り返しです。しばらくすると私は少し疲れを感じてきましたが、日本兵のみなさんのためにと無我夢中で吹き続けました。

 

朝、目が覚めて時計を見ると6時でした。体はすっかり疲れ切っているのが分かります。隣の妻に、私が寝言をいっていたかどうか尋ねました。すると、夜中ずーとうなされていたというのです。そこで、夢の出来事を話しました。妻は妻で、夜中何回も毛布の裾を霊人に引っ張られたと話してくれました。

 

朝食をすませ、町に散歩に出かけました。あるところに、100段の階段があり、その上にマリアさまの像が立っています。案内を読めば、用意されているロウソクに灯をともし、階上のマリアさまに捧げると子供に恵まれるとあります。結婚して5年経っていましたが、まだ子供には恵まれていませんでしたので、じゃ、やってみようということになりました。少額のお金を払い、ローソクに灯をともし、100段灯が消えないように気を付けながら登り、二人でマリアさまにローソクの灯を捧げ、お願いしました。すると、なんとすぐに妻は妊娠しました。忘れられない思い出です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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