南仏ルルドから母の日エアーメール

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ブログ「あさひエトセトラ」

南仏ルルドから母の日エアメール

2020/02/25

私は今年の7月で満70歳になります。今、古希の日々を感謝の気持ちで過ごしています。悩んでいる人、悲しみの中にいる人に、少しでも慰めと希望を与えたい、それが私の生きる目的でした。こころの悩みの方を応援するため、占いを学び、実際に街占易者として多くの方々かたの相談を受けました。体のトラブルや病気を楽にしてあげたい、癒してあげたい、そして明日から笑顔で生きる歩みを続けていただきたい。そのために気功を学び、さらには整体師にもなり、人々のカラダに向き合ってきました。気がつけば70歳。そんな私の思いの出発点ともいえる、若い日の思い出話をぜひ読んでください。

 

昭和60年(1985)、私は大阪御堂筋にあるホテル日航大阪の営業企画課にマネージャー(係長)職でいました。それまでは、宿泊部の仕事が中心でしたが、人生で初めて営業企画という仕事につきました。初めは何も分からなかったのですが、上司で課長の杉浦康夫氏がいろいろ教えてくれました。杉浦氏は帝国ホテルの出身で、すばらしい頭脳と行動力がある方でした。この杉浦氏とタグを組んで、ホテルの新しい営業企画に挑戦していきました。ホテルの営業企画といえば、レストラン・バーでの催しが中心で、もちろんそれが一番大切なのですが、直接の営業からすこし離れたところで、社会性のある企画を打ち出すことで、食べて,飲んんで、泊まるというホテルのイメージから、人の心に語りかけるホテル文化を創り出そうと考えました。

 

初めに話題性を呼んだのは、「母の日チャリティ・エアメール」でした。ホテルの業界紙や大阪の新聞各社が文化欄で取り上げてくれました。発想の原点は、南仏にある奇跡の聖地ルルドから感謝の母の日メールを送ろう、というものです。今では多くの方がご存知ですが、19世紀半ば、13歳になる少女ベルナデッタらの子供たちに聖母マリアが18回にわたって出現しました。そして、その出現したところから湧き出た泉が奇跡的に病を癒し始めました。そのことから、その後、そして現在に至るまで、多くの方々の病を癒し続けています。ホテルの客室、レストラン・バーに特製の母の日カードを置き、お母さんへの感謝の気持ちを南仏ルルドからエア・メールで送りませんか、とアピールしました。もちろんそこにはJALというイメージも付与しています。さらに、切手代として50円というわずかはお金をいただき、集まったお金はすべて里親運動を推進する家庭養護促進協会に全額寄付して、その活動をもっと世の中に知らしめる効果も付け加えました。

 

当時、ホテル・ニッコー・ド・パリに勤務中の仲間に相談したところ、ルルド近くにフランス人の友人がいて、現地の作業を依頼してくれました。メッセージ・カードの一端を奇跡の泉に浸してから乾かして、こちらから用意したエアーメール封筒(宛先は私がタイプしました)に入れ、ルルド郵便局から投函してもらいました。およそ600通。封筒にカードを入れる時、いくつか内容を読まさせていただきましたが、胸にジンとくるものもありました。

 

さらには、ルルドの写真で写真集を出しておられる菅井日人氏の協力を得て、期間中ロビーに聖地ルルドの写真パネルの展示も行いました。写真はその時菅井氏がら記念に頂いた思い出の写真集です。このように、ただルルドからエアメールするだけでなく、家庭養護促進協会への寄付、菅井氏の写真パネルの展示(泉に入る順番を待つおびただしい数の担架と病人の写真は通常はホテルのロビー展示はありえないこと)など、思いっきり企画の社会性を高めてくれたのは上司の杉浦氏でした。

 

以上のように、人を癒したいという私の思いは、この時から始まりました。

 

「サン・ジルダールのチャペルは、祭壇に向かって右側に、聖ベルナデッタの遺体がほぼ完璧な姿で安置されていた。百年以上たった遺体は今も美しく、薄く手と顔にワックス仕上げされているが、まるで生きているように、空間と時間を超えて人々を魅了していた。」菅井日人「ルルドへの旅」より   下の写真が聖女ベルナデッタ(1844-1879)

 

 

 

 

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