弘法大師空海と眞名井御前の純愛

お問い合わせはこちら

ブログ「あさひエトセトラ」

弘法大師空海と眞名井御前の純愛(一)

2020/02/15

今日は歴史純愛ロマンのお話です。大阪で勤務していた30代前半の頃、弘法大師空海さんが大好きで、よく土日の休みは高野山の奥之院に参拝し、夜は宿坊に泊まり一晩に般若心経を小声で100回読経することが楽しみでした。真言密教の開祖空海は当然生涯独身で、女性は仏の慈愛の対象とはなるものの、恋愛としての女性はいなかったと、素直にずうっと思っていました。ところが、4年前、彗星探索家(コメットハンター)として世界的に有名な木内鶴彦氏の記事の中で、弘法大師空海と淳和天皇の第4妃の眞名井御前の純愛・悲恋の話を知り、その驚きは大変なもので、その後の半年ほど心を引きずりました。ネットで調べてみますと、やはりいろいろ書かれています。しかし、木内氏のいう内容と、一般的にいわれている内容では、おおきな違いがあります。

 

まず一般的なお話です。以下、「TIDAときをこえて」からの引用です。元伊勢野の一宮龍神社(丹後)の神官海部(あまべ)氏の娘で、幼名は厳子(いずこ)といい、10歳のときに京へ出て、頂法寺六角堂に入り、本尊の如意輪観音に帰依し、修行に励んでいる時に空海に出会ったという。年齢は29歳も離れていたが、空海は由緒ある海部家の姫である厳子を敬愛し、厳子も有名な空海に感心と敬愛を抱き、お互いに惹かれあっていた。やがて、淳和帝の妃として宮中に入った厳子を6年後、甲山に逃がしたのは空海であった。その後、再三の淳和帝からの呼び出しを避けるために、空海は厳子に破格の阿闍梨灌頂(あじゃりかんじょう)を授けて、仏門のもとに保護した。そして厳子は、甲山(かぶとやま)の神呪寺(かんのうじ)の開基となった。さらに空海は厳子をモデルに、如意輪融通観音を彫り、神呪寺に秘仏として祀った。それはまるで燃え上がる愛情のすべてをその像の中に凝縮させ、厳子に捧げ尽くしたようだった。その4年後、空海は62歳の3月20日に入定する。その1日前、厳子は高野山に向かって合掌し、如意輪真言を唱えながら息絶える。33歳の短い命であった。、空海を思慕する覚悟の自殺でしょうか?あるいは厳子の後を追って空海が入定したのでしょうか?共に生きられなかった二人は、共に死ぬことで愛を完結したようです。(抜粋終わり)

 

木内氏は3度の臨死体験の中で、時空を飛び、さかのぼり、歴史の様々な場面を見てきた、といわれています。コメットハンターは、天文学、物理、数学さらにはカンが優れていないとできません。You Tubeで見る彼の立ち居振る舞い、話し方など、嘘を言って世の中をビックリさせてやろうという感じはまったくありません。だからといって、全部そのまま鵜呑みにしなさいとも言えないのも当然ですが、下記は木氏が時代をさかのぼり見てきたという、天才空海と厳子・眞名井御前のお話です。

 

空海は高野山に生と死の循環型生態系を作ることが真の目的であった。ところが、この循環型のシステムを構築するにあたって、空海は大きな間違いを犯していた。それは高野山を女人禁制としたことであった。そんな空海に忠言したのが眞名井御前である。女性を入れない閉鎖的システムはいづれ絶える、と指摘し空海の胸の内を突いたのでした。天才空海はそれを理解したのでしょうが、仏教全体の戒律のなかでは如何ともしがたいことでした。眞名井御前は空海の子を身ごもりますが、それは密教の戒律に触れる許されない恋でした。二人は引き裂かれ、眞名井御前は子を身ごもったまま投身自殺してしまう。これを受けて、空海もまた入定して即身成仏になってしまった。さらに、死後、空海、眞名井御前、子供の魂はある場所で一緒にいる、と木内氏は霊界探訪の報告をしています。

 

真言宗の僧侶の方々、信徒の方々はこの話をどのように受け止めれるのでしょうか。そんなことは一切ない、といえばそれで終わりです。ですが、私としては、真言密教開祖の大天才弘法大師空海といえども愛に燃える一人の人間だったと思うと、やはりこの世は二元の世界であると納得してしまいます。

 

今日のテーマといえば、「聖人、または聖人のような人であっても、恋はするし子供もつくる」ことです。こればとんでもないことだと一笑に付すにはいきません。天地、上下、左右、男と女、この二元の世界では二元のまま生きたらいいのではないでしょうか。イエス・キリストもマグダラのマリアという妻がいました。聖書では娼婦となっていますが。スピ系の人なら多分ご存知のパラマハンサ・ヨガナンダ、アメリカにヨガを広めた聖者で、「あるヨギの自叙伝」の著者ですが、そのヨガナンダも生涯独身といわれています。ところが過日ご紹介したゲイリー・レナード著「イエスとブッダが共に生きた生涯」の中で、こう書かれている箇所があります。「ある日、シンディとロサンゼルスのショッピングモールを歩いていると、一人の男性がぼくに気づいて近づいてきた。彼はぼくの本の読者で、ヨガナンダの孫でもあった(ヨガナンダには子供がいなかったと信じられているので、それがほんとうかは議論の争点ではあるが)ぼくは彼と友だちになるのがわかった。」これを読んだとき、またしてもビックリでした。ヨガナンダの師は生涯独身のスリ・ユクテスワ、その彼の師はラヒリ・マハサヤといい、妻も子供もいましたが、インドでは聖者といわれています。それに、日本も含めて世界中の神話では、男神、女神の多くは夫婦であり子供があります。これが二元の世界です。

 

◆写真は日本三大秘仏のひとつで、今日の話の神呪寺秘仏本尊「如意輪融通観音座像」

 

 

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。